国内で一番細い道
カダニュ (Kadaň) の町にあり、広場と城壁・処刑場を結ぶ、ゴシックのカトヴァ通り( Katova ulička/ 死刑執行人の道) は、閉所恐怖症の人には恐怖を覚える体験になるかもしれません。国内で最狭の道で、一番狭いところの幅はたったの61.1センチしかないんです!この通りの名称は、中世の時代に町の死刑執行人が使っていたことからつきました。この道を通って市役所へ死刑囚を迎えにゆき、死刑執行場へ連れて行ったそうです。
プラハで一番狭い道
「やせっぽち」の道は、プラハのカンパ島、ルジツケーホ・セミナージェ(U Lužického semináře)通りのそばにあります。チェルトフカ・レストランに続く、家の間を行く道は、狭すぎるので交通をスムーズにするために信号がついているほど。一番狭い部分は50センチしかありません。え?どうしてこの道の前に一番狭い道として死刑執行人の道を出したのか、って?プラハにあるこの珍しい通りは、道として存在していないからです。これは中世の時代にヴルタヴァ川に通じる、防火用の通路でした。
プルゼニュで一番狭い通り
もう1つ、今度はビールの町、プルゼニュ (Plzeň) の狭い道をご紹介しましょう。マラー(Malá :小さい)通りには独特の雰囲気があります。プルゼニの人々は、ドミニコ会修道院と旧市街門を結ぶこの場所を、歴史的中心地の隠れた宝石と呼んでいるぐらいです。この通りには、ビールの醸造権を持った町人が住んでいました。それは特徴あるゴシック様式の門が物語っています。
クロムニェジーシュの失われたレノン
次の2本の通りを見に、魅力あふれるクロムニェジーシュ(Kroměříž) の町へ行きましょう。1本目の道はストラツェナー(Ztracená:失われた)道で、道の突き当りにあるUNESCO登録文化財の大司教宮殿の眺めが、その道の美しさに冠を与えています。
もう1本の道はレノンの道(Lennonova ulička)。ストラツェナー通りと大広場の間を結んでいます。西側の文化はことごとく排除されていた旧体制時代、この道の壁に誰かがジョン・レノンの肖像画を描きました。この絵は巡礼地のようになり、人々はここへ、ひっそりとろうそくを灯すようになったのです。当時の共産主義組織は、この絵を定期的に消しましたが、いつも誰かがレノンの絵を再度描きました。今日、ここにはオリジナルの絵の再現が描かれています。
国内最高峰の山地、「好奇心一杯の」民俗建築
チェコで最も高い山脈のクルコノシェへの門と称される町、イイレムニツェ (Jilemnice) の町にあるズヴィェダヴァー(Zvědavá:好奇心一杯の)通りは、まるでお伽話の中のよう。なぜ、この道が「好奇心一杯」なのでしょう?それは、道の片側に並ぶ木造の小屋の窓が、一軒ごとに通りに近くなってゆくためです。通りは奥に行くほど狭くなり、まるで小屋の住人が通りで起きていることを見逃さないように、外を覗いているような印象を受けるのです。
耳のあるベツレヘム
シュトラムベルク (Štramberk) にあるヤロニュコヴァ(Jaroňkova:ヤロニェクの) 通りも、似たような雰囲気です。東チェコに位置する山地のすそ野にある、小さな町の美しさは、モラビアのベツレヘムと呼ばれ、そこには魅力あふれる小道がたくさんあります。ヤロニュコヴァはその中でも特に美しく、通りの名前としてズラター(Zlatá:黄金)通りと呼ばずにいられなかったほど。お伽噺から出てきたような歴史ある木造の小屋と石造りの家に挟まれた通りは、トルーバの塔がそびえる城まで続きます。
プラハの黄金通りへフランツ・カフカを求めて
プラハでもズラター(Zlatá:黄金)通りを歩くことができます。プラハ城にありますから、見つけるのは簡単。ここにはカラフルで小さな家々が立ち並んでいて、チェコの首都の中でも特に美しい場所の1つになっています。ピトレスクのような様子に魅了されたのは作家、フランツ・カフカも同様で、この通りの22番の家に住んでいました。通りの名前はどこから来たのでしょうか?この通りには、金を生み出そうとした錬金術師たちと結びつくロマンチックな伝説があります。ですが、ロマンチックとは程遠いのが本当のところ。錬金術師がこの通りに住んだことはなく、この通りは当時尿にまみれていたため、尿の色から黄金という名称がついたそうです。
新世界あるいはプラハのモントルーへようこそ
新世界(Nový Svět/ ノヴィー・スヴィエト)に来ると、そこがプラハの中だとは信じがたく思われるかもしれません。プラハ城にとても近い場所なのに!観光客の群れはどこにもおらず、あなたを取り囲むのはロマンチックな家々ばかり。この歴史的な城下町自体の名にもなった道の終わりには、木造の小屋まであるのです。首都ではこれが唯一の木造の小屋です。新世界のことを、プラハでも特に黄金の場所だという表現をします。というのも、ここに住んでいた貧しい住民たちは、自分たちの貧しさを、せめて家々に輝く名前を与えることで紛らわそうとしたから。そのために、ここでは金の羊の家、金のコウノトリの家、金のブドウの家、黄金に輝く太陽の家などに出会えるのです。しかも、1600年に有名な天文学者で数学者のティコ・ブラーエが住んでいた金の足の家もあります!20世紀後半には、芸術家やボヘミアンがこの場所を好みました。例えば、有名な映画監督で造形美術家、欧州のシュールレアリズム芸術の最後の巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエルもここに住んでいます。
プラハにある高級なパリの一角
小さな家々を備えるズラター通りや新世界とは真逆なのが、パリ (Pařížská) 通り でしょう。この道は、旧市街広場をヴルタヴァ川と結び、20世紀の初めにパリの大通りをまねて作られました。ここを歩けば、本当にフランスの首都の雰囲気があります。通りは大変美しいファサードを備える建物で彩られ、その建物の中には衣類、宝飾品を扱う高級ブランドが店を構えています。エルメス、ディオール、ティファニー等々。この通りは、プラハの高級ショッピングのメッカです。

チェスキー・クルムロフ:南ボヘミアにあるUNESCO登録のお伽の町
私たちのセレクションに、ボヘミアで最高に美しい町、チェスキー・クルムロフ (Český Krumlov) を忘れてはいけません。歴史的な建築物は現在まで大変よく保存されていることから、南ボヘミアの町の中心部がUNESCOに登録されました。もし、この町の通りの中で1本だけを紹介しなくてはいけないなら、ラトラーン(Latrán)通りでしょう。クルムロフのこの「メインストリート」を行くと、その周囲には歴史的価値が高い建物が立ち並んでいるのがわかります。ゴシック、ルネサンス、バロック…。驚くのは、機能主義の建物にも出会うこと。この通りを行けば、UNESCOに登録されているチェスキー・クルムロフの城や町の門、ヴルタヴァ川へとたどり着きます。
パルドヴィツェでペルニークの散歩
クルムロフの建築のすばらしさが気に入ったなら、ペルニークで有名な町、パルドゥヴィツェ(Pardubice) にあるペルンシュティーン (Pernštýn) 通りも気に入ることでしょう。ペルンシュティーン広場と城館を結ぶロマンチックな通りは、ゴシックやルネサンスの家々に飾られており、そこにはバロックや古典主義の要素も見ることができます。道を歩きながら歴史的な紋章、家紋、あるいはスグラッフィートを目にすることができます。通りの突き当りには、噴水を備えた三角形の形の小さく古い広場、プシフラーデク(Přihrádek) が皆さんをまっています。








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